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ここに来て1番の癒し♡所外活動

5月も終わりが近づいて、ここ駒ケ根でも、昼間の気温が30度近くまで上がるようになってきました。

と言っても、暑くて不快、というほどでは全然なくて、

爽やかな初夏、という感じです。

ここにいる間に、季節が移ろっているのですね~。

毎日カレンダーに印をつけているのですが、もう×印でいっぱいです。

本当に終わりが近づいているなあ…と感じる毎日です。




さて、先週、今週は「所外活動」という活動がありました。

駒ケ根市内の老人ホームや保育園などの施設や農家にお邪魔させていただき、

そこでの作業やお仕事を少しお手伝いさせてもらう、という活動です。

言ってみれば、中学生の職業体験のようなものなのですが、

普段と違う環境に入ったときに、自分がどうコミュニケーションをとっていくか、

自分がどのように行動するか、

また2週に分けて、2日間訪問をするのですが、その1回目と2回目の自分の心持ちや行動に変化があるか、

そういった自分の行動や関係づくりについて見つめ、考える場にする、というのがねらいだそうです。

そういうねらいがあるので、活動先は、これまで自分がやってきたことと違う内容の場所に行くように、という指示があります。

(もちろん、受け入れ先の都合もあるので、希望調査の上、決められるのですが。)




私は、今回「花卉(かき)農家」に活動に行きました。

お花を育てる農家さんですね。

個人のお宅だったので、訪問したのは私を入れて3人。かなり小規模です。

幸運にも第一希望が叶ったことになるのですが、実は、植物を育てるのは、苦手。

いつも枯らしちゃうし、教室にお花を生けるのだって、続いた試しがありません。

不安と緊張で向かったのですが…。







癒された!!!!

その一言に尽きます。

あの農家さんに行けて、本当に良かった!!心からそう思いました。




その魅力を、印象に残ったことと併せてつらつら書いてみます。

☆仕事のペースが心地よかった!
私が訪ねた農家さん(奥様)は、個人で行っている、育ったときに育ったものを売りに行く、というお仕事の形態だったので、

時間や大量の仕事に追われることなく、ゆっくりとしたペースで仕事ができました。

1時間したら戻ってきてね。
休憩にしようか。
できるところまででいいからね。
今日全部しなくていいよ。


こんな優しい言葉をたくさんかけていただきました。

で、休憩の度に、育てている作物で作った料理やおやつを出してくれ、

ゆっくりお茶を飲みながら、話をする。

そこに風が吹いてきて、木々が揺れて、陰が涼しくて、
上には青い空、白い雲、遠くにはアルプスの山並み。


最高に幸せな時間でした。

普段、あくせく時間いっぱい働いて、残業して、休憩もろくにせずに働く、それが普通だったから、

正直最初はそのゆっくりペースに馴染めませんでした。

一度にできるだけたくさんの仕事をしたい、何かしてないと落ち着かない、

いつも休みたい、休憩ほしい、とか思ってるくせに、実際は休むのが苦手
、そんなふうに感じて、

私も、典型的日本人だな、と自分でおかしくなってしまいました。

任国では、急いた気持ちの中で、楽しみや喜び、大切なものを見逃してしまわないようにしたいな、と思いました。


奥様曰く、10年かかって育てたお庭。ステキでした~。









☆文化とは、その土地に一番合う生活スタイルのこと。
奥様は花卉農家でしたが、旦那様は大工さんでした。

なんと、庭の東屋はもちろんのこと、ご自身の家も旦那様が造ったのだそう。

昼食のために帰ってきた旦那様と(この習慣もステキ♡)お話しているときに、

古くからの日本家屋は木や土を使っている。
それは、湿気の多い日本の気候に合っているし、崩したときにほぼ全てのものが自然に返っていく、無駄のない家。
地震がきたって、実はその時々で鉄筋が強いか木が強いかなんて、分からない。
少しくらいすき間風が入るほうが、家にも健康にもいいし、温度も適温になる。
今、目新しい材料や方法にみんなが注目しているけれど、実は、古来の方法が一番日本に合っている。


ということを教えてもらいました。

そうだよなー、だからずっとその方法が続いてきたんだよね。

また、土や植物と触れる仕事は、本当に癒されて、

こういう仕事を毎日続けていたら、気温や天気、空の様子、土の様子、植物や生き物の様子、山の様子…

いろんな変化が感じ取れるんだろうな、と思いました。

四季があるこの国で、自然を相手にした生業を続けてきた日本人たちが、

自然に対する感覚や感性、空気や相手の雰囲気を読むことに長けている理由が分かった気がしました。



なんにせよ、人間も自然の一部。

その自然に合った生活を積み重ねてきた結果がその土地の文化になっているんだな、と思いました。



☆何事もバランス。
休憩中のお話の中で、食品のことや、日本の少子高齢化の話、教育が直面している問題、そして林業の課題など、

本当に多岐にわたるお話をして、どう考えてらっしゃるのか、聞かせてくださいました。

その中で感じたのは、何事も「バランス」が大事、ということ。

例えば、教育でいうと、子どもの体力不足は、極端な過保護から。

林業でいうと、日本の森林の課題は、不安定な植林量と安易な「欧米神話」が一因。

日本人は新しいものや良さだけがクローズアップされた意見に弱く、しかも長く続かない、そういう行動性質があるみたい。


そういう「バランス感覚」の無さは、他の問題の根底にも同じように流れている気がします。

問題を解決しようとして何か取り組んだり、技術や医療が発達したりして、もちろんそれはいいことだけど、

だからこそ、一時の流行や感情に流されてしまっていることはないかな、

細くても、長く続けることが、「持続可能な社会」なんじゃないかな、と思いました。


「持続可能な社会」だなんて、大げさな言葉は使ってらっしゃらなかったけど、でもそういうことをおっしゃっていて、

自分の生活の中からこういう大事なことを見つけられる人が増えれば、

日本も好転するんじゃない?
とか大きな妄想を膨らませました。

亀の甲より年の功。やっぱりたくさんの経験をお持ちの方は、視野が広いですね。



☆人の行動基準は、最後は「人間的魅力」
1回目と2回目の訪問を比べると、自分の心持ちにも変化がありました。

2回目は、不安、緊張といったマイナスの感情が消え、リラックスして楽しみな気持ちで臨むことができました。

それは、活動の内容がだいたい予想できて、見通しが持てたから、ということももちろんあるけれど、

やっぱり受け入れてくれた奥様やご家族が私たちを温かく迎えてくださるということが分かっていた、ということは大きい!!

人が何か行動を起こすとき、そこで関わる人の存在は大きな判断材料になるのだと思いました。

大変なことでも、そこにいる人が魅力的なら、やってみようという気持ちになるもの。

協力隊にも、そして教員にも「人間的魅力」は必要不可欠。

人を巻き込める魅力ある人でありたい!!そう思いました。

人間の行動を決めるのは、最後は「人間同士のつながり」だと感じました。



こんなふうに、とってもいい経験をさせてもらえて、本当に嬉しかったです。

駒ケ根の方々が私たちのことを、見守って、支えてくださっているということが分かって、

とても心強く思いました♡幸せなことですね。



奥様が今育てている蚕。圧巻。気持ち悪い。でも神秘。




飼っているわんちゃん。人懐っこくてかわいかった~。



おうちで育てているいちごやハーブを使って、フルーツティーとハーブティー。
木の実のデコレーション。
自然の楽しみ方を知っている奥様でした。





お昼ご飯に、地域の名物である、五平餅を作ってくれました。
味噌だれも手作りなんですって~。くるみと山椒がとってもおいしかったです。



もちろん、仕事もしましたよ!

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日本(人)研究

訓練の中で、最も長期間に渡る講座、「日本(人)研究」

任国に行って日本のことを紹介するため、

比較対象として日本についての理解を深め、任国理解につなげるため、

日本人という民族の文化や特性を知り、自文化理解を進めるため、

グループで日本、もしくは日本人に関わるトピックをテーマにして、研究・発表を行うというものです。

訓練が始まってすぐのころにオリエンテーションがあり、

その後グループで計画的に調べを進め、今日、とうとう発表の日を迎えました。


ちなみに、私のグループの研究テーマは「日本人と花見」

日本人にとって特別な花である「桜」。

その桜と日本人がどのような関わりを持ってきたのか、その歴史と変遷について調べた研究です。

(初めは「なぜ日本人は花見が好きなのか」というテーマにしてたんだけど、

いろいろ大人な理由でテーマが変わっちゃったのはここだけの話。)


他の班は、例えば
・なぜ日本人は「すいません」を多用するのか。
・「MOTTAINAI」はなぜ世界に広がっているのか。
・和食はなぜ世界に認められているのか。
・日本人はなぜ頑張りすぎるのか。
・日本人の「遠慮」文化について。
・相撲を切り口にした日本の階級社会   などなど。
他にも、カラオケ、宗教、弁当、躾、物の数え方、折り紙、花火…

たくさんのテーマが挙がっていました。

時間も然り、そして書籍や資料はもちろん、インターネットの利用さえ時々制限がかかってしまう

ここKTC内で調べられることには限りがあり、

うちのグループを始めとして、「So what?」な発表もありましたが、それはしょうがない。

テーマ設定や切り口、調査方法は面白いものも多く、

由来や語源、歴史的変遷などを聞くのはとても勉強になりました。



印象深い発表もいくつもありましたが、全体を通して感じたのは、

日本人って、他への気遣いや感謝を大事にする民族だなあ…ということ。


「すいません」に謝罪の意味だけでなく、感謝や畏れ多いといった意味もあること。

「もったいない」も同様に感謝や物へのrespectの念が込められていること。

日本人の遠慮は、誰も傷付けずに円滑に人間関係を築こうという思いが土台にあること。

日本人の頑張りすぎの根底には、集団の和を重んじる気持ちがあること。

花火や和食には、職人の妥協しない最大限のおもてなしの気持ちがこもっていること。

カラオケという娯楽の場でさえ、他人への気配りを忘れないこと。

人だけでなく物や場所などあらゆるものに神が宿るという八百万の神の考え方

私たちが調べた桜や花見文化にも、桜に神が宿るという考えや、桜をシンボルにして、みんなでまとまろうという思いがあること。

とにかくどの発表を聞いていても、

日本人って、農耕民族で単一民族である起源から、和を大事にしていて、

極力衝突を避け、義理と人情、個よりも集団を重んじてきた民族なんだなあ・・・


と全てがそこに繋がっていくのです。

これが「国民性」ってやつなんでしょうか。




ただ、全てのことがそこに繋がっていきすぎたことが、私には逆に違和感で、

感謝や気遣いのできる、和を重んじる、そんな国民性だと一番思いたいのは日本人なんじゃない??と感じました。

知識として「日本人ってそういうもの」っていう思い込み、というか、刷り込みがあって、

そこに寄せていっている、みたいな。

もちろん、事実としてそういう歴史や出来事がある、それは真だと思うのですが、

何というか…日常的に、例えば「すいません」という度に、相手への敬いや気遣いの念を持っている、とかいう無意識のレベルの行動って

私を含め、今の日本人に、本当に残ってるのかな。

むしろ、逆に「無意識のうちに」古来国民性として表されていた日本人の特徴は薄れてきていて、

歴史や言葉、思い込みだけが一人歩きしているような…。

うまく言えないけど。そんな感覚に陥りました。

そもそも「国民性」ってまとめてしまうあたり、

(乱暴に言えば)個々の差異に目をつぶって集団を大事にする日本人らしい発想だと思うし。


各々が調べたテーマについて「変遷」という視点を、もう少し現在ギリギリまで引き寄せて、

かつ将来的な展望について考えたり、その根拠を探したりすると、

さらにおもしろい結果が出るような気がします。



なんにせよ、興味深かったです。

今日の発表、実は4時間もあって、最初は全部聞くのしんどいなー、と思ってたけど、

聞き始めると、こんなふうにぐるぐる考えていて、一人で興奮しながら聞いてました(笑)。




ちなみに。

10分の発表を7人で分担したので、1人の発表は1分ちょい。

私については1分も喋ってないと思うのですが、

その短時間の喋りだけで、「いかにも小学校の先生っぽかった。」と言われてしまうあたり、

私のしゃべり方ってものすごい癖があるんだな、と反省させられました。

そういえば、テクニカルクラスで先生向けのWSをしたときも、

「子どもに話してるみたい。大人相手に、そんな抑揚とかためとかいらない。」

とアドバイスをもらったっけ。

職業病ですね。

そんな新たな発見もあった、日本(人)研究でした。

KTCライフ紹介②

ここKTC(訓練所)での生活は、17時の課業終了時刻以降は、

一応、フリーということになっています。

門限があったり、食事やお風呂の時間が決まっていたり、曜日によっては班での集まりの時間があったりはするのですが、

それ以外は、2時間の自主学習を取るというお約束の他は自由です。

その時間の中で、候補生が自由に「自主講座」というものを行っています。

これは、それぞれの専門性を生かして、自分が他の候補生に提供できる技術や知識を伝える場、という位置付けです。

訓練も進んできて、いくつかの自主講座が開催されたので、それについて紹介したいと思います。



①PC隊員による「PC講座」
現地でも使うことになるであろう、パソコンのことについて、知識がほしいと思って、

PCインストラクターやPC関係の専門職の方が行った講座に参加しました。

自分だけでなく、自分の持ち物を守るという意味では、PCに関する知識は絶対必要!

でも、日本では正直、あんまり知識がなくてもやっていけちゃう。

ためになりました。



②英語教員による「English Club」
訓練言語が英語で、しかも語学の学習にかなりの課題がある私は、

少しでも英語に触れる時間を作りたいと思って参加しました。

これは、週に1回のペースで行われているもので、折り紙や料理など、毎回様々な活動を英語で行う、というものです。

語学を学習するには、環境も大事。

英語教員という最高の先生と一緒に、楽しみながら、新しい言い回しを覚えていますが、

正直、そこで出るおやつを食べることの方がメインになりつつあり、ちょっと頑張らなくちゃ、と思っています(^_^;)

でも、英語の先生ってやっぱり発音が素晴らしい!!

それを聞けるだけで、価値があります。



③「語学の学習法相談」
自主講座をされていたときに予定が重なってしまったので、後日個別に教えてもらったのですが。

言語の習得の方法について大学院で専門的に研究されている方が主催者です。

全ての人には、言語習得の能力が備わっているんだけど、どんな能力が強いか、というのは人それぞれ違うそうです。

例えば、グラマーをしっかり勉強すると伸びる人、個人学習が向いている人、グループ学習が向いている人、

身体的表現と結びつけると覚えやすい人、言語の成り立ちが分かると理解が進む人、音楽的要素が入ると強い人…

自分がどの能力に長けていて、その能力を生かした学習方法は何か、教えてもらいました。

ちなみに、私は、身体表現と結びつけて覚える方法、他の人と一緒に勉強する環境が合っているそうです。

結構1人で黙々やるのが合っていると思っていたので、ちょっと意外!

ただ、全ての人が語学を習得する力を持っている!と断言してもらえて、やる気がわきました!!



④理学・作業療法士による「慢性痛を予防するセルフマネージメント講座」
腰痛や肩こりなど、慢性的な痛みを予防するためのストレッチや筋トレを教えてくれた講座です。

理学・作業療法士ってすごい!

ちょっと質問したり、触ったりするだけで、その人の癖や痛みを言い当てたりする。

プロフェッショナル!!

人間の「生物」という面に興味のある人たちなんだな、と思ました。



⑤栄養士による「安全でおいしい食事で元気な毎日を!」
それぞれの任国の食事は、私たちにとって楽しみにもなるでしょうが、心配の種でもあります。

日本のように何でも安全、ってわけにもいかないし、国によっては栄養バランスが著しく偏っている場合があるからです。

また、現地の方たちと仲良くなるためにも、日本の食文化を紹介したい!

そういった、食に関すること全般について、栄養士や食品関係の職種の方が教えてくださいました。

食の安全や栄養のことを教えてもらった上で、調理実習

作ったのは、手巻き寿司(照り焼きチキン、だし巻き卵)、肉じゃが、かきたま汁でした。

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わいわいやりながら楽しく作りました。めっちゃおいしかったです!!



⑥模擬授業公開自主講座
ちゃっかり自分が開催した自主講座も紹介しちゃいます(笑)。

訓練が始まった当初から、新卒の方や、今回現現地で初めて教育現場に携わるという人たちから、

模擬授業を見せてほしいと、声をかけてもらっていました。

そこで、教員経験者で模擬授業や実践発表を行う自主講座を行うことに。

私の知り合いを中心にメンバーを集め、何日かに分けて行いました。

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当たり前だけど、3月に子どもたちと別れてから以降、日本語で授業を行うという機会ってありません。

やってみて、子どもたち相手に授業がしたい、と思いました。

授業を組み立てたり、子どもたちと生のやり取りをしたり、子どもたちが気付きを得たときのはっとした顔を見たり

そういったことが、自分にとって興味のあることなんだと思い知りました。

毎日やっていると、授業ができるありがたさや立場の貴重さに気付かないけど、

帰ってから、もう一度、小学校教諭として働きたい、と思えたのが自分にとっても収穫でした。



他にも、スポーツ、環境、ものづくりetc…本当にたくさんの自主講座が開かれています。

200人が生活しているKTC。

今しか聞けない話や、今しか関われない人たちがたくさんいて、こういう活動に参加するのもためになります。

残りの日数も確実に減ってきていますが、

最後まで、新しい世界を知りたい!という気持ちを持って過ごしたいな、と思います。

Half Day Trip☆★

語学の授業の一環として「Half Day Trip」というのがあります。

これは、KTC(訓練所)を出て、近くの観光スポットなどに出かけながら、

訓練言語を使う、という授業です。

他のクラスの人たちが、5月上旬に出かけているのを指をくわえて見ていた我がクラスですが、

念願叶って、本日Half Day Tripに出かけてきました!!!

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行先は「光前寺」

以前個人的に行きましたが、KTC付近にちょうどいいスポットがないのでしょうがないです。

5kmくらい離れているのですが、もちろん徒歩です。

天気もよく、暑くも寒くもないし、風も気持ちいいし、景色も素晴らしい!!!

これ以上散歩にぴったりの日もないでしょう!という抜群のHalf Day Trip日和でした。


うちのクラスの先生は、もう7年もここにお勤めで、

しかも、毎次隊「光前寺」にHalf Day Tripに出かけているので(年間4回)、

かなり光前寺に詳しいそうです。

彼の知っている木の影がとっても気持ちいい裏道を進みながら、片道40分ほどかけて向かいます。

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一度行ったときは、桜の季節だったのですが、今回は、新緑がとても美しくて癒されました。

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到着後、なんと、お寺にお参りする前にソフトクリームをいただくという、破天荒ツアー。

桜ソフト、おいしかったです♡




優しい店員さんに勧められて、たらふく試食した挙句、

明日の朝ご飯も調達してしまう始末。

赤飯まんじゅうと言って、駒ケ根の名物。かなりボリュームのある一品です。




そして早太郎again。He is so cool!

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早太郎の墓の前にある、ミニ早太郎。耳がもげてる。What a pity…

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帰り道では、なんと野生の猿に遭遇し、襲われかけた、というサプライズ付き。




ここに来たときは、まだ寒いくらいだったのに、

とっても過ごしやすい季節になったものです。リフレッシュできました!!

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駒ケ根は、きっと雪の季節は大変なんだろうけど、

春から夏にかけての季節の移り変わりがゆっくり楽しめる、いい場所だな、と思いました。

開放的な気持ちの中、英語も(まあまあ)使って、楽しかった!!

いい週末が過ごせそうです。

ためになる、講座の数々 その3

中間テスト後、1日7時間ある課業の中で、語学が占める割合が高くなってきています。

だいたい週に1回のペースで行われるテクニカルクラスのプレゼンテーション(模擬授業)の準備に追われ、英語の人たちも(というか私が)、疲労困憊気味。

他の言語でも、テクニカルクラスが始まり、食事中や廊下での雑談に語学のことが登場する回数もぐっと増えています。

折り返し地点を過ぎ訓練もいよいよ佳境に入っていこうとしている感じがします。



そんな中で受けている講座も、より専門的、実践的なものが多いかな、という感じ。

へー、知らなかった、と思うものや、そうやって考えたらいいんだ、と納得するものもあり、日々勉強です。

今回は、おもしろかった講座をいくつか紹介します。


①地球のステージ

これは、課業時間外に行われたものなのですが、

精神科医で、様々な国の救援活動を行っていらっしゃる桑山紀彦さんをお招きして、

彼が見た外国の様子、体験したボランティア活動の話を、映像と語り、そして歌で構成されたステージを観賞しました。

紛争のこと、災害のこと、貧困のこと、世界で起こっている様々な問題に巻き込まれている、子どもたちに焦点化した内容で、

そういった問題からは遠く離れた日本の子どもたちと、常に関わってきた私にとっては、

深く考えさせられる内容でした。

物がなくても、環境が劣悪でも、幸せそうに笑う子どもの表情は、未来への希望を感じさせられます。

もちろん、本当に幸せかどうかは、その子どもたちが決めることなので、

単に写真や映像を見ただけの私が、どうこう言えることではないのですが。


私にとって、最も大きな収穫だったのは、このステージの観賞を通して、自分自身の思考の弱点に気付いたことです。

それは「貧弱な想像力」

もともと、私は、共感する力とか相手の立場に立つ力が弱いのではないかと感じてはいましたが、

やっぱりそうだった、と実感しました。


これまでも、世界の様々な問題について取り上げられたニュースやテレビ、本などには触れてきました。

でも、今回強い意図を持って構成されたステージを見ることで、

私は、今までただ「知っていた」だけだったんだ、と思いました。

様々な問題を実感する、自分の生きている世界で起こっていることだと認識する、

その問題に巻き込まれている子どもが、今この瞬間私と同じ時間を生きているんだ、と想像する、


それが今までの私にはできていなかった。いや、今だってできているかどうか、自信ないけど。

「貧弱な想像力」は相手を傷付けると思います。

きっと、今までの教員人生の中でも、何度も子どもや保護者を傷付けてきたのではないかと思います。

そう自分で認めるのは辛いけど。

そんな私が、今すぐ想像力を鍛えることは難しいと思うのだけれども、

自分の弱点を分かった上で、それを何とかして補いたいという気持ちを忘れないようにしたいと、強く思いました。



②異文化適応概論

とてもユニークですごい経歴と特技を持った大学教授(協力隊OB)の方が、「異文化を理解する」とはどういうことか、についてご講義くださいました。

途中、何の話してるの??と「?」で頭がいっぱいになった時間もあったのですが、

最終大変興味深い話が聞けました!


そもそも「文化」とは何か、について考えさせられました。


例えば。「相撲」は日本の文化だと思いますか??

この講義を受ける前の私なら、一も二もなく「YES」と答えると思います。

しかし、この先生のおっしゃるには、

最近、外国人力士が増えている。外国人横綱も珍しくない。
日本の伝統文化であれば、日本人だけが持っている、できる「特別な何か」が関係しているはず。
しかし、実際は、日本人以外にも強いお相撲さんがたくさんいる。
なぜか。
確かに、日本が発祥の地の伝統的なスポーツではあるが、
身体の動かし方、鍛練法の中は、どの国の人にもできる、意識化された合理性や普遍性がある。
だから、日本人でなくても誰でも強くなれるのだ。

なるほどー!!!

伝統があることが必ずしも文化、ってわけじゃないんだ。

目からうろこです。


文化というのは、目の前の現象そのものを言うのではなくて、

何かを人々が「無意識に」行っている、というもの、

明文化されてなくても、根付いているもののことをいうのだ、そうです。

いろいろ反論もあると思いますが、私にとったらなんかすっきり。


それは歴史や経験を共有してきた者同士だからこそ、理解し合えるもの。

「どうして日本人は、赤の他人とお風呂に入るのか。」と聞かれたって、

そんなもの、日本人の私だって分からない。

昔からみんなやってるし、それが普通だから…としか説明できない。

そういう、やっている張本人も説明のしようがない、そういうのが文化の一面(=実践的文化)。


もちろん、言葉などにおこされた意識化された文化(=構成的文化)もありますが、

それだって、異文化を持つ人には、完全に理解しきれないものがある。


だからこそ、異文化理解というのは、言葉になったもの、写真や絵、映像になったものを理解することではない。

それは、単に見える部分、意識化された部分でしかない。

そうじゃなくて目の前にいる相手のことを丸ごと理解しようとすること。つまりは他者理解に他ならない。


はっきり言って、歴史や経験をほとんど共有していない現地の人を理解するのは、難しい。

だから、考え方を「理解」から「信頼」にシフトチェンジしていくのがいいそう。

相手のことが理解できなくても、「信頼」は可能。

この人なら、私がこうしたらこうするだろう、こういうことはしないだろう、そう予想さえできれば一緒に仕事ができる。

それを積み重ねて、お互いに予想ができる状態になれば、それは立派な「信頼関係」。

確かになーーー!!と感じました。


私は所詮、日本人。

現地の方たちのことを、根っから理解するなんて、きっと無理だ。

でも「信頼関係」ならきっと結べる。

「好き」になれない行動や文化もあるかもしれないけど、「平気」になることはできる。

それで十分。


私は私の大事にしていることを見失わないで、譲れないとこは無理しないようにしよう、

「サモア人」を一括りにしないで、目の前の出会いを大事にしていこう、と思いました。



なんだか、ここに来たときよりも、自分の考えが柔軟になってきている気がします。

自分の世界や価値観に凝り固まらないで、

スポンジのようにいつでも、何でも吸収できる、柔らかい自分でいたいな。

不思議な名前の講座。

ここ駒ケ根では、新緑の美しい季節がやってきました。

KTC(訓練所)内の木々も、ライトグリーンの、目に鮮やかな景色であふれています。




金曜に「Bafa-Bafa」という不思議な名前の講座がありました。

ちなみに、私の周りでは、なかなかこの名前をちゃんと発音できる人がいません。

Bafo-Bafoとか、Bafu-Bafuとか言っちゃう(笑)

名前の由来が知りたいものです。

ぬいぐるみとかキャラクターの名前っぽいけど、れっきとした開発教育の手法の1つで、

あまり詳しく書けないのですが、異文化理解について考えられるようにと意図されたプログラムです。


この訓練所に来て、もちろん全てのことが任国での活動を見据えた訓練なのですが。

やはり、普段の講義より、こういった参加型の講座、体験的な活動は、自分のダイレクトな気付きにつながると思います。

今回も、自分の備忘録的な役割も含めて、感じたことを残しておこうと思います。



○異文化に触れたとき、自分は…。
 
 この活動の中で、異文化に触れた時の自分の対応の仕方が少し見えました。
 私の場合は、「自分の文化を積極的に紹介しよう」というタイプのようです。

 もちろん、この活動の前提条件の中での行動なので、実際はどうなるか分からないけれど、
 自分の持っているものを紹介してこそ、むしろ取り入れてもらってこそ、認めてもらえる、と思っている節があるな、と感じました。

 日本には「郷に入れば郷に従え」という言葉もある通り、
 きっと私も行った先のルールに従おうとするとは思うけれど、入っただけでは、自分は受け入れられた、と感じられないんじゃないか、と思います。
 このことは、自分の性格上、とても不安定で危険な考え方だと思います。

 自分のことを押し付けてしまっては、もちろんうまくいかない。
 相手のルールに従えば、表面上うまくいくかもしれないけど、自分の心は納得がいかない。
 自分ばかり我慢するのも違うと思うので、どこに落としどころを見つけるかは、
 任地でうまくやっていくためにも、自分の心の安定のためにも、大事だと思いました。


○文化が違うということは、「大事にしているものが違う」ということ。

 自分が軽く考えていることを、相手はとてもとても、大事にしているかもしれない。
 自分が大事にしているものは、相手にとってむしろ批判や軽蔑の対象かもしれない。
 自分の価値観で安易に行動したり判断したりするのは、危なっかしい行為だな、と思いました。

 以前読んだ本の中に、

 「自分が持っている医療の知識から見ると、明らかに健康上良くない、むしろ命に関わる伝統的な風習がある。
  でも自分はそれを無下に否定することはできない。
  その風習を否定することは、長く続いてきた彼らの歴史そのものを否定することだからだ。」


と書かれていたことを思い出しました。

もちろん、協力隊員として、自分の持つ技術や知識を伝えるのは、私の使命の1つだけれども、
相手の大事にしているものを否定してまで伝えることに、意味はないと思うし、
そんなの絶対「改善」じゃない。「侵略」と同じだと思う。
相手の土台を大事にして、関わっていけるといいな、と思いました。


○無条件に受け入れるのも、最初から疑ってかかるのも、正しい関わりとは言えない。

 活動の中で、いくつかの前提、設定があったのですが、
 自分の立場の前提・設定ばかりに固執していると、どうしても疑ってかかったり、警戒したりしてしまう。
 だからと言って、何でもかんでも自由に受け入れて、相手の好き勝手させるのも、お互いを尊重した関わりにはならない。

 「中庸」という言葉は、不明瞭で私には難しいけれど、
 極端に偏らず、フレキシブルな思考と判断、行動力を持っていたいものです。

 「ちょうどよく」なんて、難しいよね。
 でも、それをお互いに探し合って「ちょうどいい」ポイントを見つけようとすることが、異文化理解の態度なのかもしれません。


○事前の情報収集が、スムーズな理解につながる。
 でも最後は自分の感覚を大事にする。


 この活動の中で、とても大切だったのが、情報
 先に異文化に触れた人の情報があると、自分の心も落ち着くし、心構えも準備もできる。
 予め調べた内容は、あくまで他の人の感じ方で、他の人のフィルターを通したものなんだけれども、
 それでも、やっぱり、あると、スムーズに相手の中に入っていけるし、理解も早まる。
 
 ただ、最後は、自分が感じたことを大事にしたい、とも思いました。
 誰かが言った「すごい」は、単にすごい、という情報しか伝えないけれど、
 自分が見たもの、聞いたこと、感じたことには、「程度」という大事なベクトルが加わります。
 どれくらいすごいのか、どれくらい圧倒されたのか、どれくらい自分は心が動いたのか。
 そういう「感じる心」を敏感に研ぎ澄ませたいものです。


○全体を見渡す視野の広さ。

 目の前で驚くような出来事が起こったら、ついついそこばかり見てしまうけれど、
 実はもっと大事なことがその外側で行われている、ということはままあることです。
 今回も、私は、結構自分の目の前のことばかりに着目してしまっていましたが、
 冷静になって、少し距離を置いて、客観的に見ることで、根底にある構造や仕組みに気づけることがあるのだと思いました。
 俯瞰の目。苦手だけど、必要だと思いました。


○やっぱり高い言葉の壁。

ノンバーバルコミュニケーション、という言葉があるように、
コミュニケーションは決して言葉のみを通じて行われるわけではありません。
ジェスチャー、表情、雰囲気…自分の発する全てのものがコミュニケーションツールになり得ます。
それはもちろん、真実です。

ですが、やっぱり言葉が分かるにこしたことはない。これもまた真実です。

言葉が分からないと、きっかけがつかめなかったり、疑心暗鬼になったり、間違った行動をしてしまったりします。
だからこそ、語学は大事。
言葉だけできればいい、とも思わないけど、
どんなに情熱持ってたって、言葉が使えなきゃそれは大きなハンデ。
身に沁みて、感じました。




自分がマイノリティーになって、相手の中に飛び込んでいくためには、

知識も技術も心も、ちゃんと整ってないといけないな、と最近強く感じます。

訓練期間も残り3週間ちょっととなりましたが、自分を整えていく期間にしたいものです。

野外訓練 番外編

番外編。

雑談の中で。

・人生は確認作業の繰り返し。
  自分たちが話し合っている中で、何度も「コミュニケーションって難しいね。」「文明の利器、ありがたいね。」「語学大事やね。」と確認し合いました。
  全然別の話をしていても、なんか戻ってきちゃう。
  でもそうやって、分かっていることを何度も何度も確認する。改めて認識する。
  で、自分のモチベーションや方向性を修正する。
  人間ってすぐ大事なことを忘れちゃうから。
それが人生なんだな、と思いました(笑)。

・ナイスポジティブ発言録。
  「味がない。」→「素材のうま味を味わう。」「味の向こう側を感じられる。」
  「お腹すいた。」→「おいしかった。また食べたい。」
  「身体が煙くさい。」→「みんなの努力の香りがする。」(これ苦しい。)
「寒い。」→「気持ちが引き締まるね。」「部屋の暖かさが感じられるね。」
「重い。」→「いいトレーニングになった。」
  ポジティブ発言というより、負け惜しみっぽいのもあるのがおもしろかった(笑)。

野外訓練 その②

2日間かけて行われた「野外訓練」。
その中のもう1つのパート「チームビルディング」

これは、20人1組のグループが「チーム」になっていく過程を、体験するアクティビティです。

複数人の集まりのことを「グループ」と言ったり、「仲間」と言ったり、「チーム」と言ったり、いろいろ呼び方がありますが、
「チームビルディング」の考え方でいくと、
ただの集まりを「グループ」
共通点が見つかりだすと「仲間」
そして同じ目標を持つことができると「チーム」

と定義するのだそうです。

今回集められた20人の「グループ」は、もちろんこの訓練生活の中で、
別の活動で一緒になったり、知り合いだったりする人もいますが、
私にとっては初めまして、の人がかなりいました。
その「グループ」を「チーム」にしていくために、段階的に、様々なアクティビティを体験していきました。

たくさんのことをしたので、1つ1つ説明はしませんが、
ルールや制限のあるゲームや課題を、一緒に解決していく、というような感じです。
ゲーム自体も良かったけど、そこで見られた人間関係の難しさ、おもしろさ、そして少しずつ生まれる一体感が心地よかったです。


・分かりやすい目標を持つことの大切さ。
  まず、グループで、この2日間大切にしたい目標を考えたのですが、
  そこで気を付けたのは「具体的であること」
  思いやりを持つ、助け合う、全力で頑張る、というような言葉は便利ですが、
  それでは、それぞれの持つイメージが違い過ぎて、実は共通の課題を持っていることにならなかったりします。
  うちのグループの目標は次の3つ。
   ①スピーディーに動く。(一番に並ぶ、片づけを早くする)
   ②名前を呼ぶ、「ありがとう」を言う。
   ③ポジティブ発言。(お腹すいた。→次の食事が楽しみ。)
  この目標があったから、「一番に並ぼう。」「今のポジティブ発言、いいね!」という具体的な指摘やフィードバックがし合えました。
  しかも、行動目標だから、自分たちも意識しやすいし、評価もしやすい。
  きれいな言葉にまとめることより、具体的に具体的にしていくことで、
  目標としてしっかり機能する状態になるのだと思いました。

・根拠のある、明るさ、気楽な雰囲気を作ってくれる人の存在
  いくつかのゲームは、タイムを競う、制限時間が決まっている、というものでした。
  大人と言えども、かなり熱中して取り組んでいたので、クリアしたいし、記録を出したい。
  そうやって気持ちが白熱してしまっているときに、怪我が起きたり、失敗を責めたりする雰囲気が生まれてしまう。
  でも、うちのグループには、必ず「気楽に行こう。」「怪我に気を付けよう。」「まあ、1回やってみよう。」と声をかけてくれる人がいました。
  すると、不思議なもので、力が抜けたり、雰囲気が落ち着いたりする。
  そのおかげもあって、うちのグループでは誰かを攻撃するような、ぎすぎすした空気は一度も流れませんでした。誰かが失敗したときでさえ。
  しかも、その人は、適当に声をかけていたわけではありませんでした。
  時間制限のあるものは、常に自分の時計をチェックしていて、
  誰かが「もう1回練習しよう。」と言っても、時間がないと判断したときは「まあ、失敗してもいいから、やってみよう。」と声をかけてくれていました。
  すごい!周りを見てるって、こういうことや!!と感じました。
  こういう人がいるかいないかで、グループの成長が変わってくる、そう強く思いました。

・ほしい情報と伝えようとしている情報がかみ合わないもどかしさ。
  ゲームの中には、相手の情報は分からないうえで、言葉だけで自分の持っている情報を伝えなければならない、という状況もありました。
  そんなときに、自分は自分の情報について、正確に伝えているつもりでいるけれど、
  でも、実は相手がほしい情報とかみ合ってなかった、そういうことが起こりました。
  自分から発信されるものは、必ず自分のフィルターを通っているのだ、と改めて思いましたね。
  コミュニケーションをしていくときに、自分のフィルターを完全に外すことはできなくても、
  できるだけ、相手とすり合わせていくこと、
  相手と自分の見方は、違っているのだ、という前提を持っておくこと。
  当たり前なんだけど、そうなんだよな~と思いました。

・自分の認識の仕方がいかに視覚に頼っているか。
  先ほども書きましたが、ゲームの中には、言葉だけしか使ってはいけないという条件や、
  目隠しをして行う、というものもありました。
  そんなゲームを通して、視覚がないだけで、情報がどれだけ抜けてしまっているか、
  視覚以外の情報に伝え方の曖昧さを実感しました。
  特に、日本語同士なので、言葉は通じて当たり前と思っていたのだけど、
  でも、その言葉への「慣れ」で、正確さが失われてしまっているのかも、と気づきました。
  裏を返せば、言葉が通じなくても、視覚の情報がコミュニケーションの大きな部分を担える、ということでもあるのですが。
  自分から発する全てのものをコミュニケーションのツールとして考えて、上手に利用していきたいですね。

・その人の力はどこで生きるか、自分で、みんなで考える。
  ゲームの中には、どうしても「何も役割が当たらない人」が出てくる、という何とも意地悪なゲームがありました。
  役割のない、という状態に不安定さを感じるのが人間。
  特に、みんなで何かをやり遂げようとしているときに、自分はすることがない、というのは心が落ち着かないものです。
  そんなとき、自分で、もしくはみんなで役割を見つけていこうとする姿勢が大切。
  また、そんなときに、勇気を持って任せる、頼るのも1つの役割。
  でもさらに大事なのは、役割を持たないという役割をしてくれている人がいる、と他の人が気づくこと。
  難しいですね。全体を見てなきゃ、できないことです。

・自分と違う意見でも、まず受け入れてみる。やってみる。意外とうまくいくもの。
  私は、ですが、見通しを持ちすぎて、自分の思い通りにしたい、という気持ちがあります。
  自分の見通し通り進まないことにストレスを感じる、というか。
  もちろん、相手の考えより、自分の考えのほうが素晴らしい!と思っているわけではなくて、
  単に、先の読めないことに不安やストレスを感じるのです。頼るのが苦手なのです。
  何とも自分勝手な、と思いますが、まあ長所にもなりうるし、短所にもなりうるし、使いどころが難しい性格です。
  普段の訓練生活では、共同生活と言えども、自分の課題を自分でやっていくので、あまり深い部分で人とやり方が違って困るということはないのですが、
  今回は一緒に課題を乗り越えていくので、意見をすり合わせないわけにはいきません。
  当然ですが、思い通りにばかりいくわけがない。
  そんなとき、まずは受け入れてみる、やってみる。
  そういう経験がたくさんできました。
  そして「なんや、うまいこといったやん。」「大丈夫だったやん。」という安堵の気持ちが積み重ねられたことが、大きな収穫でした。
  学校で勤めているときには、自分の考えばかりで進めていたので(そうしないとクラスが回らないと思っていたので)、
  こういう経験ができたことは、自分の考え方に変化がありそうだな、と期待しています。


同じグループ、いや、チーム!の中でそれぞれすごいなあ、と尊敬できる部分を持っている方がたくさんいたので、
本当に楽しく、気づきや考えたことの多い2日間になりました。
やる前は、不安、面倒、やる気が出ない!そういう状態だったけど、体験できてよかったな、と思いました(*´▽`*)

野外訓練 その①

5月16日、17日の2日間で、「野外訓練」というものが行われました。
これは、20人1組のグループになって、野外炊飯や様々なアクティビティを行っていく、というものです。
しかし、ただのキャンプではありません。
なんせ、「野外活動」ではなく、「野外訓練」なのですから!!

この訓練は大きく分けて2つのパートからなります。
1つは生活。もう1つはチームビルディング(チームアクティビティ)

体験的だったこともあって、かなりたくさんの気づきがあったのですが、
まずは生活面に絞ってまとめていきます。
(あ、嘘。まとまってません。徒然、書いていきます。長くなると思う。)

まず、この期間中、電気は一切使えません。
もちろん、携帯やカメラなどの電気機器は使用禁止。
暗くなってきても、電気を使うことはできず、各々持ち寄った懐中電灯でなんとかしのぎます。

次に、水の使用も制限されています。
使える水道は、所内で1か所。しかも、主に活動するグラウンドから(たぶん)一番遠い水道。
水を使おうと思ったら、各班に支給されているタンクに水を入れ、運ばなくてはなりません。
その重さ、20kg!

また、食材も限られています
1日目、始まってすぐに渡される食料で、1日目の昼食と夕食、2日目の朝食を作らなくてはいけません。
あんまりちゃんとは覚えていないので、詳細は書きませんが、
これって、普通の毎日の食事を考えると、20人の1食分としても足りる??という量です。
さらに、道具も、何でも自由にどうぞ、というわけにはいきません
包丁や鍋などは最低限ありましたが、食器やお箸はなし。まな板やざるもなし。さらには机もなし。
地べたに座って、かろうじて台になりそうなものを見つけて材料を刻み、
自分たちで薪を切ったり、小枝を集めたりして、自分たちでセッティングしたかまどで火をおこし、
とにかく、少しでもお腹と心が満たされるように、試行錯誤して料理を作る。
大変でした。



でも、やっぱり、これも必要な訓練なわけで、ここから学んだこともたくさんありました。


・いかに自分たちの生活が恵まれた環境にあるかということ。
  普段何気なく身の回りにある水、食料、そして調味料。
  ほしいものがほしいだけ、ほしいときに手に入る、それがどんなにありがたいことか、実感しました。
  ご飯が炊けただけで、卵を割って鍋に入れるだけで、トマトを入れて彩が加わったことで、歓声がわく、そんな経験、日本では滅多にできません。
  特に、調味料!!食事の格をかなりあげてくれます。
  味がついていることの嬉しさ。満足度の高さといったら!

・見えないことへのストレス。
  電気が使えないので、夜になると、懐中電灯を使うしかありません。
  もちろん懐中電灯では、空間全体を明るくすることはできない。
  これ、かなりストレスです。
  見えないこともないし、行動に大きな支障は出ない。
  けど、暗い、全体が見えない、これは、かなり心を疲弊させていて
  朝になって、全体が明るく照らされていることに、すごく開放感を感じました。
  暗所恐怖症の人にかかるストレスって、こういうこともあるのかな、と思いました。

・糖分、必要。
  調理をしていると、塩は味付けによく使いましたが、砂糖はあまり登場しませんでした。
  もちろん普段の生活の中ではたくさん使われているんだけど。
  で、久々に砂糖を使ってみたら、そのおいしさに、驚きを隠せませんでした。
  体を動かして疲れてた分、糖分が体に染みわたっていく感じでした。
  私の行く大洋州では、肥満が結構国家レベルの問題になっています。
  だんだんと生活が便利になってきたけれど、栄養の偏り、特に糖分の取り過ぎに気を払わないからです。
  おいおい、と思っていたけど、それも納得できたような気がしました。
  発展してきているとは言え、人々にとって、いつ満足な食事ができるか分からない、という感覚は本能の中に刻まれているのだと思います。
  あるのなら今補給したい、という気持ちがあるのかな、と想像しました。

・考えることのおもしろさ、人と関わることのおもしろさ。
  この活動には、携帯など一切の電気機器は持ち込み禁止でした。
  限られた食材や道具の中で、何をどう使っていくといいのか、それには結構頭を悩ませました。
  普段なら、きっとすぐに携帯で調べていたでしょう。
  でも、今回はそんなことができない。
  すると、自然にメンバーで案を出し合ったり、一緒に考えたりし始めます。
  それは「おいしいものが食べたい」という共通の思いがあるから。
  考えてみる。話し合ってみる。
  そうすると、おもしろいアイディアが生まれる。
  試してみる。
  失敗しても、成功しても、なんだかんだ盛り上がって、話が膨らむ。
  少し時間がたったら、またそのことを話して、みんなで盛り上がる。

  それって、携帯片手に活動したのでは、なかったことかもしれない。
  なくても全然生活できるし、むしろその方が目の前のコミュニケーションに集中できる。
  当たり前だけど、私も現代人だったな、と痛感しました。

・竹!使える。
  食器などがないと前述しましたが、ないままではもちろん食事はできないので、
支給品の中に含まれている竹を使って、切ったり細工したりして、食器やお箸、調理道具などを作りました。
竹は筒になっているし、節があるので、うまく加工すると、本当にいろいろなものに使えます。
竹に米を入れて、竹炊飯も体験しました。
どうしてあんな形に成長していったのか、そのあたりのことは分かりませんが、
植物ってすごいなあ、それを利用しようという人間もすごいなあ、と感心してしまいました。

・食べることに一生懸命だと、その他のことに心が向かない。
  私たちが2日間過ごした中でしたこと、それは野外炊飯と少しのアクティビティのみ。
  正直ちょっと活動したら、すぐ次のご飯のことを考えなければいけません。
  火をおこすところからするし、材料・道具も限られるから、時間がかかるのです。
  しかも、量も少ないので、すぐお腹がすく。
  2日間食べ物のことを考えている時間が、かなり長かった。
  そしたら、やっぱり、もっとお金を稼ごうとか、勉強したいとか、環境について考えよう、とか、そういう気持ちにはならないな、と思いました。
  しかも、ここに食材を調達する段階まで含まれてしまったら…。
  今の生活が苦しいなら、もっとより良くなるように考えればいい、私はそう無責任に考えていたな、と感じました。

・新しい食材や道具に心躍っている間は、マイナス面に気が付かない。
  2日目の昼は、新しく食材や道具が配布され、これまでよりも格段に便利な状態で食事作りをしました。
  すると、ここまで極限状態で過ごしてきた私たちのテンションはダダ上がり。
  もちろん無制限ではないけれど、次々と調理ができるので、品数も増え、量も増え、大満足の食事になりました。
  でも、作り終わって気が付いたこと。
  使った皿や道具が多い=洗うものが多い=汚水(洗剤含む)やごみが多い
  既定の処理ができないほどではなかったけど、片付けも大変でした。
  さらに、新しい文明の利器にテンションが上がっている間には、全くそのことに気が付かなかった、というのが更なる衝撃。
  自分の視野の狭さも感じたけれど、もしみんなそうだったのなら、
  世界の環境問題もこうやって大きくなってしまうのかな…、とスケールの大きい話まで想像が膨らんでしまいました。

・役割がないことへの不安。
 たった数回ですが、みんなで調理をしていると、何となくそれぞれの得意なことが分かってきて、適材適所になったり、
  手際が良くなったりして、作る時間が短縮されてきます。
  すると、もともと20人もいるわけで少しずつ手の空く人たちが出てくるわけです。
  ここで「やった、楽できる!影で休んでおこう。」という人は、実はなかなかいません。
  みんなが仕事をしている、でも自分には仕事がない。
  そのことへの罪悪感というか、疎外感というか、そういうものが人の心には生まれます。
  そういう微妙な不安感がチームの活動や一体感に影響してしまう、ということを感じました。
  チームで動くときには、みんなの心が活動に集中できるように、不安材料を丁寧に取り除いていくこと。
  現地でも、そして教師という職業にも必要なことだな、と感じました。

・スキルが上がって余裕ができると、楽しもうとする余裕が生まれる。
  先ほども言ったように、少しずつ手の空く人たちが出てくる。
  でも、他に作業をしてくれている人がいるので、完全に遊び呆けるわけにもいけないし、
  その場をずっと離れることも憚られる。
  すると、人はどうするか。
  歌ったり、踊ったりし始めます。
  本当です。
  その場にある薪や竹を鳴らしてみたり、おいしくなあれ、とか雨降るな、とかその時の気持ちをリズムにのせて歌ってみたり、それに合わせて踊ってみたり、
  こうやって音楽が生まれていくのか、と思いました。
  いい大人ですが、本当にそうなるんです。
  世界各地に残る伝統的な音楽や、楽しそうに過ごす人々の気持ちが分かって嬉しかったです。


長くなってしまいましたが、生活が変わると、こんなにも心の持ちようが変わるのだと気が付けて、とても勉強になりました。
いつも便利さの陰になって、実感できない感情や事実が、たくさん見つかりました。

もう1つのパート、「チームビルディング」については、別の記事にしたいと思います。

訓練開始から35日。折り返し地点です。

月曜は語学の中間テストでした。

英語の場合、3つのレベルに分かれてテストが行われます。

その構成は、

①Listening(35min)
②Essay(20min)
③Writing & Grammar(90min)
④Interview(about 15min)


これまで、別に語学をさぼってきたわけではないけれど、

やっぱり感触は散々で、落ち込みます(>_<)

で、実際結果も散々でした((+_+))

だったら、頑張りが足りてないわけで、もっと、自分が納得いくまですればいいんだけど、

でも、これまで「自分は英語が苦手だから」ということを言い訳にして

やっぱりどこか手を抜いたり、自分に甘かったり

明らかに、クラスの中で一番の落ちこぼれなのですが、だからこそ「できなくて当たり前」と途中で諦めたりしてきたのかなー、と反省中。

確かに、どう勉強していいか分からない、という問題もあるんだけど、

きっと、日本語が全く使えなくなるという実感に欠けてたんだな、もっと頑張らなければ…と思いました。



試験が終わった後に、偶然談話室で会った現職の友達と話してて、

「私たちは現職で来てる。お給料もらっているんだから、これは仕事。

学生気分で、休みのことや遊ぶことばっかり考えたり、

自分の気分によって頑張ったり頑張らなかったり、というのは違う。

強制的に頑張らなきゃいけない状況なんだ!!!!」

ということを確認し合いました。



宣言します!
・語学はすぐに上達しないもの、という言葉に甘えません!
・できなくて当たり前、クラスのみんなが助けてくれる、という気持ちは捨てます!
・毎日、音読の練習と会話の練習をします!します!!します!!!



そんなこと、最初からやっとけよー、という突っ込みが聞こえてきそうですが、

それは無視して(笑)、これから頑張ります。




宣言したところで、

毎日の大半を占める語学の授業について、少し紹介します。

ここ駒ケ根では、
英語、
フランス語、
スペイン語、
ロシア語、
キルギス語、
ネパール語、
ウズベク語、
ベンガル語、
シンハラ語、

の計9言語の授業が行われています。

初めて聞いたという言語や、顔文字の部品としてしか見たことない!というような文字を勉強している方たちがたくさんいます!尊敬です。

ちなみに、この言語ごとに、首から下げているIDのひもの色が違っています。


それぞれ総人数に差はありますが、

5~8人のクラスに分かれています。
(そもそもその言語を勉強する人がそんなにいないクラスもありますが。)

入所した次の日に語学のクラス分けテストがあり、その結果によって、クラスが分けられています。

他言語の方たちは、ゼロスタートで、文字や基本のあいさつなどから勉強していますが、

私の勉強している英語は、他言語と違って、(しゃべれるかどうかは別にして)ほとんどの人がある程度のベースがあるので、

基本授業は全部英語(-_-;)

さらに、早い段階からホームクラスとテクニカルクラスという2種類の授業を受けています。
(他言語の人たちは、後半になったら行われる。)

ホームクラスは、文法やリスニング、スピーキングなど、general Englishの学習で、毎日必ず午前中の3時間があてられています。

テクニカルクラスは、それぞれの職種によって分けられたクラスで、ホームクラスとはメンバーが違います。

職種に合わせて、使いそうな単語ややり取りを勉強したり、模擬授業やプレゼンテーションをしたりしています。



どちらも、とってもいい先生で、内容は難しいんだけど、楽しく勉強しています♡
(語学力の向上は伴っていないのだけど。)


英語ばっかりのプリントや教科書。



やってるな、って感じ??


ちなみに、辞書は(余裕があるときは)英英辞書を使ってます。



やってるな、って感じ??(笑)


ちなみに火曜はテクニカルクラスで、私が模擬授業をする番でした!!

結果は・・・・・・・・・・。

まあ自分のチャンスと捉えて前向きに取り組めたのでよしとします。

(気持ちの面以外、自分でフォローする部分がないので、悲しい限りです…涙。)



以前、OBさんと話した時も、

結局これまでの経験とか情熱うんぬんより、語学ができる人が会話も交渉も仕事もできる。
そして楽しそう。どこまでもエンジョイできる。


というぐうの音もでないアドバイスをいただきましたので、

折り返し地点、ここいらで自分に厳しくありたいと思います。


明日からは、野外活動訓練。

ミニサバイバルしてきます!!

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